白糠での羆事故の記憶が新しいうちに、知床は羅臼の反対側に位置する斜里町で事故が起きました。
斜里町と羅臼町の猟友会は合同でエゾ鹿の有害駆除を行うこともあるのでよく参加される方々はお互いに顔見知りです。
羆の高密度生息地域でもある知床ですが、生息に関わり自然界の許容範囲を超えた生息頭数分はやがて外へ出ざるを得ません!
しかし、そこの多くは人の生活圏が多数存在し、もともとのそこに住んでいた熊との軋轢もあります。
羆が暮らしやすい状況、可能な生息頭数はもう既に上限を超えているのではと思っています・・・個人的な感想ですがね!
他所の地域では熊の駆除をすると新聞等で小さくではありますが発表されます。しかし、斜里や羅臼では発表することはありません!
それは現実を知らない方々の苦情が殺到することに原因があります。
斜里町ではわかっているだけで
1977年11月11日に37歳の男性が死亡。
1986年8月30日には漁業者が番屋に来ていて襲われています
今回が記録上3件目。
事故の概要です。
新聞報道です。
現場の付近の画像です。
聞いた話では赤枠の付近での事故?
熊はね執着するとこういう僅かなやぶを利用して山奥から降りてきます。
その気になれば都会だって同じ!
冬の冬眠に備えて少しでも栄養価の高い食料をと思うのは当然で、農家も対策は取っています。
事情を知らない人たちはさも何も対策を取っていないように思っているようですが進入防護柵(押し倒す、乗り越える)高圧の電気柵(地下トンネル作成)をかわし、弱点を見つけては侵入するわけで初期の頃とは明らかに進化した対応をしてきます。
費用対効果・・・大人ならわかりますよね!
さらに強固なものを作ると、自然界の遺伝子交流を遮断するでしょう。
もちろん事故に際して反省点はあります。
熊も殺したことのない、狩猟で出会えば逃げる自分が大先輩らに言えた義理ではありませんが、有害駆除という観点からとはいえ小熊が先だったのは拙かったですね!
でも、母親が見えなかったことを考えるとしょうがないのかな?
狩猟だったら子供を先ということは無かったでしょうが!
慎重に捜索を開始したようですが、その時の状況は3人にしかわからず、無事だった二人の経験が他の仲間に教訓として受け継がれていくことを期待します。
怪我をされた〇〇さん、伝え聞いた話ではおそらくハンターとしての復帰は無理でしょう。
どうか治療に専念してください。
ネットの世界では『ざまぁみろ』の声があちらこちらで湧いているのを見ますが、それは人としてどうなのでしょうね?
動物愛護の方々といい、平和団体という方々といい『死ね』『殺す』それらに類する過激な言葉を発するのはやはり脳みそのバランス、精神のバランスがオカシイ世間知らずだと思いますよ!
少し考えてみてください。
増える獣、対応するハンターの減少と経験不足(ベテランが減る)近い将来、獣害に対してはハンターでは無く、被害者が自ら、或いは警察が立ち向かう事態に、むしろ被害者は泣き寝入りになることも想定してください。
昨日、何気なく町内の浜辺・・・・
知らないうちに(夜)来ていたことがあったんですね!
前足幅17cmは300kgぐらいの雄だと思います。
きっと身近に感じたとき人は手の平を返す、そんな生き物です。