第31回ふるさと少年探検隊初日の朝を迎えました。
今日の日を迎えるにあたってスタッフは全てにおいてボランティア参加です。
遠くは関東方面からこの日のために1年前から有休を調整し、あらゆる費用を自分で捻出し、5泊6日のこの日に備えるわけです。
なぜそこまでするのか?・・・・・・実は自分自身もよくわかっていません、ただお金やそれ以外の俗なものよりもはるかに勝る5泊6日の日々を体験することができるからなのかもしれません。
もしも、このブログを読まれてご興味をいただき、一スタッフとして参加を検討していただける方がいましたら自分にご連絡下さい。
子供達と知床での濃密な5泊6日の旅は子供達にも、我々にも多くのものを学ばせてくれます。
初参加の気の強い女性スタッフの目から素直な涙がとめどなく、溢れ出るのを眺めながらそう思いました。
7月31日、小雨。 *容量の関係で画質は極端に落としています。
いつもは外で行なう出発式ですが、雨のため公民館のホールで行ないました。
隊長(58歳):挨拶
誰が雨女なのか様々な意見が飛び交いましたが、内心・・・実は過去の参加した全ての探検隊出発時、行程の天気の悪さは全て自分が関っていることは内緒です。
公民館からバスで移動し、道が無い相泊終点から海岸線歩きの出発です。
出発してから昆布番屋のあるカモイウンベ川で朝食休憩です。
人家も無くなり、数日前に大きな熊が目撃されたクズレ浜を移動。自分は1人先行し露払いです。
最初の崖登りである観音岩を過ぎてからは難所続きです。お母さん達が見たら卒倒しそうですが、こういうときは子供達は生きようとする本能が働きます。常にお母さんの保護下にある家庭ではその芽が摘み取られますが子供達って逞しいんですよ。
隊長との貴重な語らい、初参加の小学4年生は経験することの無い行程を踏破しながら自信をつけていきます。
通称:デバリ。満潮時や波があるときは通過不可能です。
海草が繁茂した岩の上を渡るには注意が必要で、都会育ちだとほぼ間違いなくスタッフといえど水没を経験しますがそこは浜育ちです。
90度近い岩壁をへつりながら、進む箇所もあり、子供達もベテランスタッフの注意に真剣です。こういう体験って昨今することが無いんですよね。あらゆる危険を排除する・・・・それは大人の都合だと感じます。
もうすぐ最初のベースキャンプ地モイルスを前に難所の巨岩地帯を行きます。こういう場所では身軽な子供達のほうが頼もしかったりしますね。ただし迷路のようになっているので大人の言うことはしっかり守ります。
コース上は毎年のように落石などでルートが変わります。今年は行く手を阻むこの岩に少々てこずりました。
ベースキャンプ地へ船で移動するスタッフもいて歓迎用の焼肉の準備をしてくれていました。みんな腹ペコです。
初参加の小学生達は自分たちの歩んできた行程を振り返り、話題に花が咲きます。あなたちのお父さんお母さんでも歩けないような行程を歩んだことで自信も付き、送り出してくれた想いに感謝しています。
養護教諭として全子供達スタッフの健康管理を担当するあべちゃんとこの後、泣きに泣いた道新記者のみほっちです。
記録スタッフのマッヒーです。半島までの全行程60kgのザックを背負い崖を上り下りする超人ですが・・・・そのザック中身は朝になると軽くなっていく・・・・超秘密です。
チャレンジ参加の中学2年生から小学6年生の女子。この後、その逞しさに圧倒される自分です。
旗も掲げられました。高校生スタッフのキョンキョンと6年間ただ1人、連続で参加した中学3年生のちなみです。
チャレンジ隊の影の隊長として支えるみっちゃん(44歳)です。彼もまたスタッフの少なさから、後進の育成に思うところがあり悩んでいます。
夜、8時30分。明日のチャレンジ隊出発に備えてミーティングです。
命に関る忘れ物が無いか、70Lのザックを背負いこれからの行程に子供達も真剣で質問も出ます。学校の授業ではこうは行かないでしょうね?
このあと、9時からはスタッフのミーティングでした。
スタッフの少なさから個々の負担も大きく、自分も昨年の熊の状況が頭に常にあり油断のならない状況に先頭をひた走りながら疲弊し、ほとんどのスタッフが直ぐに床に。
こうして、知床の初日の夜は更けていきました。
つづく